豊かさって、なんだろう。適度なお金があるとか、時間に余裕があるとか、もちろんそれもひとつなんだろうけれど、それだけでは説明できない何かがある気がしていて。
この前、「ああ、これかもしれない」と感じる時間がありました。きっかけは、ご近所さんの一言でした。
「1時間でできるパン、みんなでつくらない?」
私が書いたパンの記事を読んでくれたそうで、集まったのは徒歩1分圏内に住む4人。一番上は90歳、一番下はたぶん私で40手前。出身国もライフスタイルも違うけれど、家はすぐそこ。

その日の役割も、自然と分かれていました。自宅を貸してくれる人、フルーツやナッツを持ってきてくれる人、私は材料を持っていきました。誰かが全部を用意するのではなく、みんなが少しずつ持ち寄る。その感じも、なんだかいいなと思うのです。
パンをこねて、発酵を待って、焼く最中に上からのぞきこんで、熱いうちにちぎって食べる。「もうちょっと焼いた方がいいかな」「このままでもおいしそう」そんなやりとりをしながら笑う。午前中のほんの2時間。帰るころには、満ちている感じがありました。何かを手に入れたわけではないのに、満たされている。ああ、豊かってこういうことだよなあ、と思いました。
そのとき、みんなで写真を撮りました。あとからプリントして、いちばん年上のおばあちゃんに渡そうと決めました。ただ渡すのも味気ないので、うちにあった台紙に貼って、みんなで一言ずつメッセージを書くことに。まず私が書いて、「ポストに入れておくね」と隣の家へ。そこから、優しいリレーが始まりました。書いて、次へ。また書いて、次へ。たったそれだけのことなのに、その時間まで含めてなんだか楽しい。
そして、できあがったそれを渡す前日。「よかったら明日、うちでご飯食べませんか?」と、おばあちゃんをランチに誘いました。
テーブルを囲んで、いつものようにおしゃべりをして、帰りがけにそっと手渡す。見た瞬間、ぱっと顔が明るくなって、「ありがとう」と笑ってくれました。
その表情を見たときに、また思ったんです。豊かさって、たぶんこういうことなんだろうな、と。特別なことは何もしていません。徒歩一分の距離に集まって、パンを焼いて、写真を撮って貼って、また顔を合わせて渡す。ただそれだけのこと。

でもその一つひとつの中に、人の温度があって、やりとりがあって、時間が流れている。それを味わえていること。それが、私にとっての豊かさなんだと思います。
たぶん、どこか遠くにあるものではなくて、もうすぐ近くにあるもの。徒歩一分の場所に、そっとあるもの。
Text / 池田園子
【関連本】『60代からの小さくも豊かな暮らし方』
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