言葉ひとつで、仕事の見え方は変わる

「作業」という言葉に、少しだけ引っかかることがある。

原稿でも、メールでも、口頭でも。「作業」という表現に出会うたびに、ほんのわずか、心のどこかがざらつく。間違っているわけではないのに、どうしてだろうと思っていた。

改めて「作業」という言葉の意味を調べてみると、「仕事などの活動の一部として、手やからだを使って行うこと」といった説明が出てくる。なるほど、たしかに間違ってはいない。むしろ、広く使える便利な言葉だ。

「仕事」との違いについても触れられている。「仕事」が成果を伴うひとまとまりの活動であるのに対し、「作業」はその一部分。人にメイクをするのが仕事で、眉を描くのが作業――そんな例もある。

つまり「作業」とは、仕事の中の一工程を切り出して呼ぶ言葉だ。全体ではなく、手順や処理の単位に焦点を当てた言い方。

それでも、やはり少し気になる。

「作業」という言葉を聞くと、私の中では、なぜか「流れ作業」という言葉が浮かぶ。流れ作業というのは、よくも悪くも、決まった手順に沿って手を動かしていくもの、というイメージがある。仕組みとして回るようにできていて、ある程度は考えなくても進められるようなもの。

もちろん、「作業」がすべてそうだと言いたいわけではない。それでも、その響きから、どこか定型的で、手先で進んでいくような感覚を思い浮かべてしまう。

辞書で「作業」と引くと、最初に「単純作業」という言葉が目に入ることもあって、その印象は強まる。

けれど、実際の仕事は、そんなに単純ではない。

たとえば、ひとつのコンテンツを編集していて、表現を変えたほうがいいと感じたとき。この言い回しはステークホルダーにとって適切だろうか。ブランドを毀損するリスクはないか。誰かを不用意に下げる表現になっていないか。いくつもの視点で考え、調べ、迷いながら選び直す。

そこには確かに手を動かす側面もあるけれど、それ以上に「考えること」が積み重なっている。

そうしたプロセス全体をひとまとめにして「作業」と呼んでしまうと、その人の頭の中で行われている試行錯誤が、すっと見えなくなってしまう気がするのだ。

もちろん、「作業」という言葉がしっくりくる場面もある。梱包作業や事務作業のように、工程として切り分けることで効率や分担が見えやすくなる場合には、とても有効だ。

ただ、それ以外の場面でも、ついクセのように使ってしまっていないだろうか、と立ち止まることがある。

原稿の中で、「作業のあり方」という言葉を見て、少しだけ手を止めたことがある。内容としては、現場での動きそのものを見直す話だった。そこで、「作業」ではなく、「現場のオペレーションそのもの」と書き換えてみた。それだけで、単なる手順ではなく、現場全体の動きとして捉えられるような気がした。

ほんの少し言葉を変えるだけで、その仕事の中身や重みが、もう少し立体的に見えてくる気がする。

言葉は、思っている以上に、ものの見え方を決めている。

だから私は、「作業」という言葉を完全にやめるわけではないけれど、できるだけ安易には使わないようにしている。思考を伴う営みには、もう少しふさわしい呼び方があるはずだと思うし、相手の仕事を、ほんの少し丁寧に扱いたいとも思うからだ。

たぶん、それはとても小さなことだ。

けれど、その小さな違いの積み重ねが、「仕事をどう見ているか」を静かに表している気がしている。

Text / 池田園子

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