私とTaroは仲が悪いわけではありませんが、4〜5年ほど共に生きるなかで、食事中の会話がほとんどなくなっていました。夕食時はYouTubeでお笑い系のコンテンツを流し、無言で食べるのが定番です。Taroの朝は慌ただしく、夜は疲れている。結果として、1日のなかで実のある会話をほぼしない状態が続いていました。お風呂で雑談をするくらい。
そんなわけで、あるときから私は「私たちが一緒にいる意味とは?」と自問自答するようになりました。前提として、私は意味のないことをするのが好きではありません。意味のない時間を過ごすのも避けたい。そうなると「一緒にいる意味がない → 一緒にいるのをやめよう」と思うわけです。
「私たちが一緒にいる意味ってなんだろう?」 その問いを彼にそのまま投げかけ、以下のことを伝えました。
・お互いへの興味関心が薄れている
・長く一緒にいるとそれは自然なこと
・私はXを見ないからTaroの投稿も追ってない
・あなたも私に何も聞いてこない
すると「興味はある」「TaroのXを見てほしい」と返ってきました。見てほしかったのかと知り、1〜2日に一度は投稿を見ること、見たらいいね!を押して応援することを約束しました。

さらに、夕食の正味10〜15分は「会話の時間」にしようと提案しました。お笑いなどのエンタメを見るなら食後に1本。食事中は互いに質問をし、話を聞く場にする。ほんの小さな運用変更ですが、これを始めてから少しずつ会話ができるようになり、一緒にいる意味のようなものを感じられるようになりました。
長く相棒であれば、関係が単調になり、興味が薄れていくのは不自然なことではないと思います。会話がなくても平和なら、それでいいという考え方があるのも分かります。ただ、私はあまりにも会話がないと、一緒にいる意味を見出せなくなります。意味のない関係にしないために、あの問いを投げかけて良かったと、今は思っています。
Text / 池田園子
【関連本】『デュアルキャリア・カップル』
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