200万円と100g

最近、やたらと同じ記事が表示される。「板野友美 家賃200万円」。ニュースサイトには、だいたいレコメンド記事が並ぶ。

でも、家賃200万円。私の人生には1%も関係ない数字である。そんな家に住む予定もなければ、住み続けられる予算もない。それなのに何度も表示される。最初は「なんでこんな記事が出てくるんだろう」と思っていたのだけれど、すぐに気づいた。もしかしてこれ、私が興味あるってバレているのではないか、と。

そんな家に住みたいわけではない。ただ「家賃200万円」という数字のインパクトには、つい目が止まる。そして私が気になるのは、家そのものではなくて、どうしてその数字をわざわざ言うんだろう、ということだ。

世の中には、同じような生活をしていても、それを言う人と言わない人がいる。どこまでを見せて、どこからは見せないのか。家賃200万円の家なら写真だけでも十分セレブ感は伝わるはずなのに、あえて数字で補強する意図とは。そのさらけ出す基準みたいなものが、ちょっと気になる。どうやらそういう興味でも、アルゴリズムには見抜かれているらしい。

SNSというのは「言うか、言わないか」の選択の蓄積でできているのだと思う。どんな生活をしているのか、何を買ったのか、どこに行ったのか。全部を言うわけではないし、全部を隠すわけでもない。その人なりの基準で、出す情報と出さない情報を選んでいる。

芸能人の場合は、もう少し事情もあるのだろう。今のSNSは、すべて数字で評価される。インプレッション、いいね、フォロワー数。影響力を維持するには、人の目を止める投稿をしなければならない。家賃200万円という数字は、それだけで強い。人はついクリックするし、コメントもつく。そうやって注目を集めること自体が仕事の一部でもある。

ただ私は、別のことも思う。数字が大きいという豊かさって、あまり得ではないのではないか、と。

高い家賃、車、ブランド物。そういう生活は確かに華やかに見え、羨望を集めることもある。でも同時に、それだけ毎月の出費も大きいということでもある。むしろ逆のほうが、お得な気がするのだ。生活コストが小さいほうが、身軽だし、自由に動ける。何かを始めるときも、少し挑戦するときも、出ていくお金が少ないだけで気持ちはずっと軽くなる。

私の家は特別コンパクトというわけではない。大人二人と猫の暮らしで3LDKだから、一般的には広いほうかもしれない。ただ、家賃は二人で折半していて、私の負担は月約8.5万円である。こうして書くと妙に具体的だが、このエッセイ自体が「人はどの数字を言うのか、言わないのか」という話なので、まあいいだろうと思っている。

年間にすると、一人あたり100万円くらい。さっきまで家賃200万円の話をしていたはずなのに、こちらは一年で100万円である。スケールがずいぶん違う。

ただ、そのくらいのほうが私にはちょうどいい。むしろ、家賃はもう少し小さくてもいいくらいだと思っている。スーパーで食材を買って料理して、ジムに行って、京都市内を自転車や徒歩で移動し、家で本を読む。ときどき美味しいものを食べに行く。日常で一番お金を使うのは、たぶんスーパーの食材かな。私にとっての豊かさは、だいたいそのあたりにある。

スーパーで豚肉のパックを見比べていると、ふと家賃200万円の家の話を思い出す。100g単価を確認して、グラム数と値段を比べて、ついでに脂身の少ない赤身を探している。スケールの違う話をしていたはずなのに、私の視線はいま、豚肉の100gに向いている。

Text / 池田園子

【関連本】『生きることの豊かさを見つけるための哲学

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