一緒にいないあいだ

先日、相談を受けた。

「一緒にいない時間のことが、気になってしまう」

自分といないとき、誰と会っているのか。
何をしているのか。
もしかしたら、別の誰かと——。

ふむ。この感じ、わからなくもない。

私自身も、ずいぶん昔、同じようなことを考えていた時期があった。

今振り返ると、あれは何だったのだろうと思う。不安だった、というより、「安心できていなかった」という状態だったのだろう、という気がしている。

そうやって相手のことを考え続けても、時間は淡々と過ぎていくだけだ。

人は、いつも一緒にいるわけではない。
ふたりでひとつの事業をやって、同じ予定で動き、朝から夜まで行動を共にしている。そういう関係も、たしかにある。けれど、そういうケースは稀だ。

多くの場合、仕事も、場所も、時間も、それぞれだ。一緒にいない時間のほうが、ずっと長い。

相手は、相手の1日を過ごしている。こちらの知らない順番で、こちらの知らない会話をしながら。

「今、何してるんだろう」
「誰と会っているんだろう」

そう考えてしまう人を、暇だとか、必死だとか、簡単に片づけることはできない。

忙しくても、日々が詰まっていても、不安は、ふと入り込んでくる。

ただ、人の思考には容量がある。
相手のことで頭の中がいっぱいになっていると、自分のことを考える場所は、ほとんど残らない。……それは、やはり、もったいない。

私は、その相談を受けたとき、すでに聞いていた言葉を思い出していた。

「一緒にいる時間は、楽しい」
「大切にされていると感じる」

だから、確認するように、こう伝えた。

「あなたと一緒にいるときの相手は、あなたにとって、いい人なんですよね」

相手が目の前にいない時間。そこでは、別の時間が流れている。
自分とは結びつかないまま、進んでいく時間だ。

気づけば、相手が何をしているかを考えなくなっていた。
いつ頃だったか。6年くらい前のことだと思う。

相手が目の前にいない時間。
その時間は、いつの間にか、自分のほうへ戻ってきていた。

ひとりでいる時間に、余計な思考が入り込まない。
自分が何をするか。何をしたいか。何をすべきか。
考える向きが、そちらに揃っていった。

相手がいないあいだ、私は、私の時間を生きている。
それだけのことだ。

自分の目の前にいるときの相手が、自分にとっていい人であれば、それでいい。
そういう距離感のほうが、今の私には、ちょうどいい。

Text / 池田園子

【関連本】『孤独を生ききる

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