「使ってみる?」から始まった、小さな循環

2年前に読んだ『ギフトエコノミー』。
そこに書かれていたのは、お金を使わない暮らし、ではなかった。

もっと根本的な話だった。

人は本来、「与える」「受け取る」「分かち合う」ことで生きてきたということ。
必要な物を、買うのではなく、回してきたということ。

それを読んだとき、私は強く惹かれた。

そして、その延長線で、近くの人同士で物を貸し借りできるサービス「ロキャピ」にも登録してみた。
自分が貸し出せるものを登録して、使いたい人とつながる仕組みだ。

いいな、と思った。
まさに、本で読んだ世界だった。

でも、結局、誰かとつながることはなかった。

アプリ自体は、とてもいいコンセプトだと思う。
ただ、私たちの暮らしのなかでは、「必要な物は買う」という前提が、あまりにも当たり前になっている。

誰かに借りる、近所で貸し借りする。
そういう文化自体が、ほとんど残っていない。
だから、マッチングしなかったのだと思う。

そんな状態が、しばらく続いていた。

——それが、ある日、動いた。

きっかけは、電気圧力鍋(おうちシェフPRO)。
近所の友人家族との食事の席で、その鍋でつくった料理を持っていった。

「これ、おいしい。やわらかい! どうやってつくったの?」

そう聞かれて、電気圧力鍋を使ったよと答えたあと、こう言った。

「使ってみる? いつでも貸すよ」

特別な理由はなかった。
その人が、興味津々だったから。
それだけだった。

そして先日、鍋を貸し出したタイミング。
その家族宅でまた食事をした。

出てきたのは薬膳スープで、驚くほどおいしかった。

「この鍋、すごくいいね!」

そう言ったときの、その人の表情が印象に残っている。
ただ「便利」という顔じゃなかった。

なんというか、楽しんで使っていた人の顔だった。

従来の圧力鍋が怖かったこと。
でもこれは違ったこと。
キッチンにつきっきりにならなくていいこと。

その話をする声のトーンも、少し弾んでいた。

ああ、本当に楽しかったんだろうな、と思った。

「これ、ちょっと気になってきたな」

そう言われたとき、私は言った。

「もう何回か使ってみる? いつでも貸すよ」

——その瞬間、はっとした。
ああ、これだ。
サービスを介さなくても、すぐそばに、もう成立していた。

私は、何かを売ったわけじゃない。
相手も、お金を払ったわけじゃない。

でも、新しい体験とおいしい料理、会話が生まれて、また次に続く関係が生まれた。

価値は、確かに循環していた。

お金を介さない分だけ、関係はむしろ濃くなっていた。

この電気圧力鍋は、ちょうど4年前、Taroが引っ越し祝いとして贈ってくれたもの。
それからずっと、私の生活のなかにあった。

福岡でひとり暮らしをしていたときも、そして今、ともに暮らしながら、週に何回も使っている。

その時間を経て、いま、別の人の生活のなかにも入っている。

物が移動しているというより、価値が流れている。
そして、その流れのなかに、人の気持ちが乗っている。
たぶん、これが本質なんだと思う。

「気になるなら、ちょっと使ってみる? 貸すよ」

その一言で、少しだけ景色が変わる。

私はこれからも貸すと思う。

使っていない時間なら、誰かに使ってもらえた方がいい。
その方が、あたたかい。
会話が生まれて、笑顔が増えて、楽しい時間が少しずつ広がっていく。

そのなかで、必要だと思えば買えばいいし、そうじゃなければ、持たなくていい。
それだけで、暮らしは豊かになる。

Text / 池田園子

【関連本】『ギフトエコノミー 買わない暮らしのつくり方

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