村山由佳さんの小説『PRIZE―プライズ―』を読みました。2025年1月に出た作品で、村山さんファンや作家・編集者界隈はもちろん、直木賞や直木賞受賞作品に関心のある方々はじめ、多方面で話題を集めている印象。
直木賞を獲りたくてたまらない売れっ子作家と、その作家に伴走する編集者との関係性を描いた作品です。読書中から多くのことを考えさせられた一冊でした。
主人公である作家・天羽カインは作品を刊行すれば即増刷がかかり、何万部も売れる人気作家です。本屋大賞も獲得し、作品の一部は映像化もされています。十分な富もあり、どう見ても「成功者」としか言えない。

しかし、彼女が渇望していたのは「直木賞」という“栄誉”そのものでした。権威に認められることこそ本当の証と考える彼女の姿に、ある種の人は強い“栄誉欲”を持っているよなあと感じさせられます。実際にいませんか。富より名誉のほうを欲する人。権威性や専門性の高さを感じられる肩書や地位のような、そういう要素のほうを重要視している、ということです。
カインに伴走するのが、担当編集者・緒沢千紘です。彼女は学生時代からカインの作品に心を救われ、憧れを抱いていました。そして、念願かなってともに仕事をするのです。信頼を積み重ね、他社で出版予定だった新作を「会社ではなく千紘ちゃんに託したい」と言われるまでの存在になります。
どんどん近くなっていく距離感は、恋愛要素はないものの、それに近いと感じられるほど。一緒に過ごす濃密な時間は美しい。愛ともいえる感情を抱いている尊敬する相手からここまで頼られ、心の奥底までさらけ出してもらえる千紘を羨ましいと感じたシーンもありました。
そこからふたりで直木賞受賞を目指して走り出します。一言一句を研ぎ澄まし、引き算の美学で文章を削ぎ落とし続ける日々。編集者が感想や疑問、提案を伝え、作家が調整し、そうしたやりとりが何往復繰り返されます。しかし、どこまで行っても最終決定権は作品をゼロから生み出した作家にあり、原則的に「ここは残す、ここは削る」という最終判断は作家自身のものです。
それでも、千紘はいつの間にか「自分こそが一番この作家を理解している」と思い込むようになります。その想いの強さは言動にも表れ、先輩や同僚からも「やりすぎだ」と心配されるほどになります。それでも「誰よりもこの人をわかっているのは自分だけ」という盲目的な考えは収まりません。
しかし、物語は衝撃のラストを迎えます。カインは自身が削除すると決めたはずの一文が、本に残っていることに気づきます。そして、あれほど追い求めていた直木賞を辞退してしまいます。件の一文を置くか置かないかを決めるのは作家ですが、「最終的にコントロールできる」のは誰でしょうか。ふたりの関係は完全に終わりを迎えます。
この小説を読んで、人間の「理解したい」「認められたい」という感情の複雑さ、「適切な距離感を誤ること」「踏み込みすぎること」の怖さを強烈に感じました。どれだけ人気があり、評価されていても、さらなる名誉を求めてしまうこと。いくら親しい間柄でも、決して越えてはいけない一線があること。それは出版の世界だけでなく、ほかの仕事でも同じです。
直木賞や作家界隈の舞台裏の一端を知ることができたのも貴重な経験でした。作品がどう磨かれ、どのようなコミュニケーションの末に世に出るのか、その過程を垣間見ることができました。私は編集者として、あるときはライターとして、自己啓発書や実用書、ファンブックなどの書籍づくりに携わってきたことはありますが、小説の経験はありません。だからこそ、とても新鮮でどっぷりのめり込んでしまいました。
読後、深呼吸をせずにはいられない、そしてしばらくぼんやりと虚脱してしまった、重厚な読書体験。またひとつ、心に長く残る村山作品に触れることのできた、とても幸せな時間でした。
Text / 池田園子
【関連本】『PRIZE―プライズ―』
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