先日、友人と会って話していたときに「わかる、わかる」と大いに共感したテーマがありました。それは、同年代や年上が多い飲み会(※)であれば「“明らかにたくさん飲んだ人”が多少は多めに払ってほしいよね」という話です。
※世代に関係なく自分が会計を持つと決めている、若い子が多い、収入に差のある相手と行く……といった状況とは異なり、フラットな関係性の人たちが多い飲み会を指します。
実際には飲酒量に差があっても「割り勘」で片づけられること、少なくないですよね。これは多くの人が経験しているあるあるではないでしょうか。
友人の体験談はこんな感じでした。連れの数名(同年代)は、席について5分もしないうちに、メガジョッキを飲み干す。その横で友人は普通サイズを1杯。友人もお酒は強いほうなので、いつも通り飲んでいましたが、連れの人たちの飲むスピードは半端なかったそう。
それなのに最後は「ひとり◯◯円で!」と完全なる割り勘。結局その場は何も言わずに支払ったものの、「もうこの人たちとは一緒に行かない」と決めたそうです。
確かに「みんなで楽しく飲んでいるんだから」という、分かるような分からないような意見のもと、消費量に差があっても割り勘にしてしまう雰囲気はあります。そのほうが計算は楽ですからね。でも、「多く飲んだからちょっと多めに払うよ」と申し出る人がいるかいないかで、飲まない側の感情は大きく変わります。
私自身も、もし自分がバーで3杯飲んで相手が1杯、会計が約4,000円だったとしたら、電卓アプリで計算したり、杯数で計算したりといった厳密な行動はしませんが、「私は多く飲んだから3,000円払うね。あなたは1,000円出して」といった形でざっくりした調整を申し出ます。

では、なぜ明らかに多く飲んでいるのに多く払わない人がいるのか。単純に酔って気が回らないのか、それとも「酔ったふり」という隠れ蓑をまとって知らん顔を決め込んでいるのか。いずれにしても、飲んだ側が気を配ってほしいよねえ、という希望に落ち着きました。
飲んでない側が「多く飲んだ人が多めに払ってほしい」と口にすると「ケチ」と思われ、その場の空気が冷めて、雰囲気が微妙になるのでは……という懸念があり、なかなか言い出せないことも理解できます。私自身も昔そういう経験がありましたが、やはり言語化しないと伝わらないもの。気を利かせない相手に「想いを汲み取って」と願っても無理です。
今後は「提案」という形で伝えてみますが、飲む量やペースが近い友人や気遣える友人、またはごちそうしてくれる気前のいい人としか飲む機会がないため、そんな機会はなさそうです。
結局のところ、会計の瞬間にモヤモヤを残す人とは、今後一緒に飲みに行きたいとは思えなくなる。これは私と友人の共通した結論でしたが、ごく自然なことだと思います。飲み方や金払い、気遣いの仕方などの点で、相性が合わないということだから。仕事の関係でもないなら、相性がよくないのに無理に個人的に飲みに行く必要なんてないですよね。
「あなたのその考えこそ、ケチなんじゃない?」という意見も受け止めます。ただ、本当にそうでしょうか。奢る・奢られる問題に匹敵するくらい、議論に値するテーマだと思います。みなさんはどう考えますか?

Text / 池田園子
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