
蛇口を捻ると思うことがある。
まだ水道がない頃は、きっと川まで水を汲みに行っていたのだ。近くならいざ知らず、片道数十分かけて汲んでいた家もあったに違いない。その仕事はもしかすると子どもが担っていたのかもしれない。
道すがら同じように水甕を持つ友達に会い、歌でもうたって向かったのかもしれない。くだらない冗談を言って笑ったのかもしれない。帰りには重くなった水甕を担ぎ、水汲みなしに清潔なそれが手に入ればという夢想を口にしたかもしれない。そしてその夢はまさかまさか現実となり、水道代はかかるものの、蛇口を捻るという簡単なアクションで澄んだ水が手に入るようになった。
だけど果たしてこれは、豊かになったと言えるのか。蛇口を手に入れた私たちが失ったものを思う。確かに重労働や、道中、熊に出くわす恐怖から解放されたけれど。何かを失ったはずなのに、何を失ったかをはっきり言えない。私は水を汲む暮らしを一度も送ったことがないのだから、全ては想像の範囲を越えない。
前置きが長くなった。スマホが壊れたのだ。
一年以上前からアップデートできなくなり、面倒な私はそれを当然のように放置した。アップデートしなくても不便はなかったものの、使えないアプリが徐々に増え、課金しているアプリを開くこともできなくなったとき、いつまでも逃げることはできないのだなとようやく悟った。パソコンからアップデートしようとスマホをつないだ。それがすべてのはじまりで終わりだった。
スマホ画面に浮かぶ読めない英単語。見たことのない警告。何を意味しているかわからないアイコン。私のことだから、当然バックアップなんて取っていなかった。あ、あ、とカオナシのように困惑しながらAppleのチャットサポートを受けた。ひとまず店舗に行くしかないようだった。
その瞬間から、スマホのない生活が始まった。その日は上司と表参道で会う約束があった。すでに遅刻しかけている。慣習でスマホをポケットに入れかけたけど、ただの鉄の屑に成り下がったそれを持つ無意味さに気づき、クソがと苛立ちベッドに投げ捨てて家を出た。自転車で駅まで行って、時計を見ようと無意識にスマホをまさぐった。ポケットには十円玉が一枚入っているだけだった。
最寄り駅で路線図を見た。そのときになってようやく気づいた。何かが違った。端的に言うと自由だった。誰も、最短ルートや最安ルートを教えてくれない。何両目に乗ればスムーズなのか、どの電車がどの程度混雑しているのかも教えてくれない。あらゆる情報から遮断され、私を導くものがいない分、そこには可能性があった。すべての選択の前で、私に選ぶ主導権があった。
確か表参道を銀座線が走っていた。渋谷まで行けばいいのだなと山手線に乗った。不思議な高揚感があった。持っていた文庫本を取り出し読んでいるとき、連絡が来そうな仕事の案件があったことを思い出した。突然の連絡で、読書が中断されない自由。「今お時間よろしいですか」と言われ、よい・よくないの選択以前に、その連絡を断ち切ることができる自由。降りたホームで、右に進むのも左に進むのも私が選べた。どこの出口を出ればいいのだろう。待ち合わせの店名は覚えているけど、行ったことのない店だった。辿り着ける気がしなくて笑いそうになった。
初めて東京が自分のものになったような気がした。大阪から上京した私は、ずっとGoogleマップとともに東京を歩いてきたのだ。上司に「今どこですか」と聞くこともできない。私をつなぎ止めるものは何もなかった。そうして私は、「スマホを持つことで失った何か」にようやく気づいた。
奇跡的に店を見つけ、備え付けの時計を見ると当然のように遅刻していた。上司と喋りながら「ちょっと調べますね、あ、スマホないんでした」を繰り返した。電子決済できないのでおごってもらい、ちょっと申し訳なく思った。帰り、子どもの学校や保育園から緊急電話があったらどうしようと不安になった。買おうと思っていた本の著者名がわからず、インスタでチェックしていたケーキ屋には定休日の張り紙がしてあった。スマホがないことにワクワクできたのは最初だけで、もうない頃には戻れないのだなと理解した。
何かに屈したやるせなさで、家に帰ってAppleの店舗予約を取った。昔はよかったとか、便利すぎるもの考えものとか、そういうことじゃない。私たちは進むしかない、それがただ悲しいのだ。
Text / 山本莉会
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