ぼんやりする時間の必要性を猫が気づかせてくれた

何もせず、ただ、ぼんやりする。そんな時間は必要だなと、猫との暮らしを経て気づくことができました。

(同じ「ぼんやり」ですが、私の好きな本『エッセイストのように生きる』で松浦弥太郎さん書かれている、頭と心を休ませて何も考えない「ぼんやりタイム」とは違います)

2月10日からバンビーノという猫種の男の子(ぐら)を迎え入れて、早3週間。

最初は水も飲まず、フードも食べず、文字通り飲まず食わずで、私もパートナーも不安でいっぱいになり、今となっては大袈裟だったなと思いますが、ペーストを口の周りにつけたり、スポイトで水を補給させたりと、毎日試行錯誤していました。

それから1週間も経つ頃には食欲旺盛で、水分補給も十分にしていて、羨ましくなるくらい快便で……と、我が家の環境に慣れていってくれたのです。

と同時に、この猫種特有の「甘えん坊」な性格も発揮されるように。

とくに夜、私が部屋で過ごしていると、「ンーン」「ンーン」と切なげな声で鳴きます。これは「甘えたい」というリクエストだと、これまでの経験から解釈しています。

忙しいとき、やることがあるときに反応しないでいると、「ンーン」の声がどんどん小さく、か細くなっていき、しまいには黙って目をまんまるにして、こちらを見つめています。

「なんて健気なんだろう……。もう少しだけ待って」

落ち着いたタイミングで、私を見つめ続けているぐらに近寄り、敷いたヨガマットの上に脚を伸ばして座ります。

太ももをぽんぽんと叩いて、「ぐら坊、おいで」と呼びかけると、床、ケージ、ベンチなどそれまでいた場所の高さを問わず、勢いよくダッシュしてきては足首から上ってきて、太ももの上を陣取って丸くなるのです。

その間、撫でたり、ぽんぽんと優しく叩いたり(幼い子を寝かしつけるときのイメージ)首や耳の付け根をマッサージしたりしています。

「寝たな」と中断して本やスマホを見ていると、「ンーン」や「ニャー」とこちらを見つめてきます。

「今は僕のことだけを見て」「撫でるのをサボらないで」という意味だと感じ取れます。

そんなわけで、ぐらとスキンシップをとるときは音声を流しておくくらいしかできません。

ただ、最近は無音のまま、太ももの上に乗った湯たんぽのように温かいぐらを撫でたり、ぽんぽんしたりする間、何もせずぼーっとしています。

何もしない時間は自然と内省の時間になります。暇なので、どうしても1日の振り返りをしたり、その日あった出来事を考えたりできるのです。

これは、ぐらがくれたご褒美のような時間。そう思って、毎晩30分ほどのヨシヨシ時間を有効活用していきます。

Text / Sonoko Ikeda