余力を残すようになった40代——明日も誰かに優しくありたいから

優しい人が好きです。
誰に対しても優しくするのは難しいかもしれませんが、せめて家族や近しい人、新たに出会う人には、私も優しくありたいと思っています。

人に優しく接するためには、心と体に余裕が必要。
40代に入ってから、日々痛感することの一つです。

20代は若さゆえ体力もあり、仕事も遊びも多少無理しても平気でした。自分のためだけに時間を使えたため、疲れよりも楽しみを優先していたように思います。
30代は二度の出産を経験。家族が増えてからは自分の意志だけで物事を進められなくなり、心が疲れやすくなりました。
そして40代。年齢相応に、気の緩みが体の緩みにつながるように。活発な二児の世話も加わって、心と体ともに余裕がなくなってきたと感じることが増えています。

余裕がない状態は、人間関係に悪い影響を及ぼします。
些細なことを許せず、普段なら気にも留めない言葉に引っかかり、相手が傷つく言葉を使ってしまうことも。
娘たちを怒るときは、私に余裕がないときが大半です。

だからこそ、仕事、遊び、子育て……生活のほとんどで、余力を残して動くようになりました。
あと少しだけ〇〇したい! と思うことはありますが、全力で動いてその後疲れてしまう自分が目に浮かぶため、1歩手前で終わらせるようにしています。

何人かで食事をしていて、もう1軒行こう! となったとき。
時間や体力に余裕がある日は別ですが、翌日以降のことが頭にちらつくときは断って帰宅することがあります。
ランチに誘われても、ゆっくり休みたいときは日を改めてもらうことも。
「ごめん! 今日は帰るね!」「今日は休みたいから、違う日にしてもらえるかな」と口に出すのは勇気がいることですが、これで関係が悪くなるならその程度の仲だったと割り切るようにしています。
後ろ髪を引かれる思いではありますが、翌日以降の自分に必要なことなので、そこにネガティブな感情はありません。

ここぞというときは別です。
以前から会いたいと思っていた人や、遠方に住む友人に会えるとき、今しか味わえない瞬間など、滅多にない機会は全力でその場を楽しみます。

全力でやり切るのは、素晴らしいことです。
「今を生きる、今を楽しむ」と考えるなら、全力で動く方が後悔することもないでしょう。
ただ私は、今日と同じくらい、明日も楽しめる自分でいたいのです。

衣食住、生活全般において、何かを加えるよりも減らす/やめることが増えてきた40代。
心身ともに余力を残し、優しさをもって人付き合いをしていきたいです。

Text / Asako Yano

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